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名画で学ぶブランドビジネス

名画の世界はブランディングを考えるうえで非常に示唆に富んでいます。

まずは以下の二つの絵画をご覧ください。どちらが良い絵ですかね? 
 
名画 


筆者のような素人が見ると、左側の方がゴージャスで価値が高そうに見えます。しかしながら、(実際のところこの2つ名画の市場価格がいくらなのかは知りませんが)、美術史的な評価を聞けば、右側の絵を推す人が圧倒的だろうと思います。つまり、2ch風の名画ランキングみたいなものがあれば、多分右側の方がだいぶ上に位置するはずです。 


左側の絵はボッティチェリ(1445-1510)の『受胎告知』、右側の絵は巨匠マネ(1832-1883)の『オランピア』です。 個人的には、オランピアの女性も美しいっちゃあ美しいけれど、色使いはすすけている感じがするし、全体的にのっぺりしてて、世界で絶賛されるほど良い絵には見えません。コミケの絵師にはもっと可愛い二次元キャラを生み出せる人材は沢山いるだろうと思いますし、そっちの方が好みです。 

それなのにオランピアは世界で絶賛される一方、日本の誇る萌え絵は億円で取引されたりはしません。その背景にあるのは「ストーリー」の違いだと考えています。 


 Wikiのオランピアの項目にはこうありました。
 
””マネはこの作品を1865年のサロン(官展)に出品し、作品自体は入選したが、『草上の昼食』と同様に「現実の裸体の女性」を描いた事が批判された。その理由として、『オランピア』という名が当時の娼婦の通称であったこと、花束を持った黒人の女性が裸体の女性の召使として描かれていること、当作品でベッドに横たわっている裸体の女性はサンダルと首に巻いたひもを身につけているが、このような表現は当時主流のアカデミック絵画において考えられていた神話や歴史上の出来事を描いた絵画に登場する裸体の女性とは異なっており、裸体の女性が当時の娼婦を表している事が明らかであった事が批判の対象となった””

時代背景を理解しなければ、なかなか分かりづらいと思いますが、オランピア以前の世界では、西洋絵画はキリスト教的な価値観と一体不可分となっており、絵画とは「神話の世界を美しく表現するもの」でなくてはなりませんでした。  

自分の好きなものを好きなように表現することで評価されるのではありません。テーマと技法(遠近法等)に縛りがあり、その制約の中で良し悪しを競う、いわば俳句のような世界観を持つ芸術だったのです。  


従ってその当時の価値観で言えば、受胎告知が名画であり、オランピアは完全な異端です。というか、そもそも芸術とは呼べないものです。マネが、娼婦が街にあふれているという時代のリアリズムを、遠近法などの西洋技法ではなく浮世絵を参考にした東洋技法を用いて批判的に表現する、という当時の価値観におけるタブーに挑戦したこと、その行動こそがオランピアの持つ価値なのです。 

この背景を理解するには、相撲協会や日大ラグビー部のような、ああいう残念な組織をイメージすると良いでしょう。当時のフランスのサロンは既得権の固まりで、頑迷固陋な老人達が幅を利かせていたのです。そこに風穴を開けて、格好良く抵抗するヒーローがマネであり、その生き様にこそマネの絵画の価値はあります。 


結果的に、マネの起こした絵画の革命が、後の印象派(目に映るものをあるがままに表現するスタイル)の隆盛につながり、キュビスム(有名なピカソの絵など)を生むことになるので、マネがいなければ、セザンヌもルノアールもピカソも、後世に名を残すことはなかったかもしれません。 


 ★★★  


物理的に絶対的な評価軸のある工業製品と違って、絵画のような感性に基づく商品は、極論すれば絵の内容は何だって良いのです。これは、ブランドビジネスも同様で、ラグジュアリーブランドの商品が、100均の商品と性能の面で大きく異なることはありません。筆者は、そこに違いがあるとすれば、ブランドを築くための尋常でない労力の有無だと考えています。


 絵画の歴史を眺めていると、ブランドを作るうえで、大事なことは「逆張りのストーリー」ではないかと思います。つまり、“普通に考えたら非合理的なこと”を“常軌を逸した執念”で行い続けることです。  


マネもピカソもバスキアも、絵そのものが絶対的に優れているわけでなく、その表現方法を見つけるまでのストーリーに、普通の人では真似できない何かがあるわけで、それが人々の共感を生むのです。Appleやシャネルも高いブランド力の背景にはこれがあり、マクドナルドのスマイル0円だってある種の逆張りです。  


そして、ブランド企業にはオーナー系企業が多いことは偶然ではありません。ブランドを作るためには、普通に考えたらムダなこと、収益につながらないかもしれないこと、を愚直にやり続ける必要があり、サラリーマン中心の会社がこういうリスキーな決断を行うことは難しいのでしょう。 


★★★ 


さて、一度ブランドを築いた後は、ストーリーの裏付けとなっている“ムダなこと”を愚直に続ける必要があります。この段階では、マネジメントの要素が重要になってきます。ブランドを維持するための仕組みは色々あると思いますが、一定のコストをかけて合理的にマネージすれば、ブランドを作り上げることに比べればそれを維持することは遥かに容易です。 


 特に米国ではPEファンドの投資先にラグジュアリーブランドが多数見られますが、背景にあるのは、上述のよう、経営のテクニック的な面でバリューが出しやすいため相性が良いことが一因だと考えられます。(HUGO BOSS、Moncler、Cole haan、Jimmy Choo、Dr. Martens、etc. LVMH系とPPR系を除けば、ハイブランドはむしろPE投資先の方が多いんじゃないかと) 

リスクマネー的な観点で言うと、ベンチャーステージに関してはブランド系企業に特化したVCなどは数が不足しているのではないかと思います。個人的にはブランド系が当たったときのリターンはテック系で当てたのと変わらない水準になるのではと思っていますので、(どちらもハイマージンを維持したまま成長可能)、ストーリーメイクに特化した戦略のVCファンドが出てきたら面白いのではないかと思います。


 テック系と違って、機械学習も非線形回帰の知識も必要なく、ラノベの設定を考えるようなスキルがあれば「逆張りストーリー」の評価はできるので、本当はテックのことなんてよく分かってない小金持ちエンジェルの皆さんなどは、こっちの方が手触り感もあって面白いんじゃないでしょうか。 


この記事書いてて思ったのは、中田ヒデは、案外同じこと考えてるのかもということ。日本のプロダクツは意図せずにクレイジーなこだわりに支えられるてるモノが多いので、ブランドストーリーとの相性は良い気がしますね。 そんじゃねー。


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プロフィール

alphalifehacker

Author:alphalifehacker
  
腐ったこの国を買い叩くためハゲタカ阿修羅道に足を踏み入れた、元PEファンドのファンドマネージャー。更にその前は商社マン。

「お金を稼ぐことはいけないことでしょうか?」

いいえ、お金に罪はありません。ありません、が、数々のビジネスを経験してきた筆者のたどり着いた1つ答えは、富裕層と呼ばれるまでの財を成した人は例外なく”ワルい”ことをしているということ。

社会の裏側・お金と人間の悲喜こもごもをこの目で見てきた筆者の体験をもとに、エコノミック不良(ワル)と無辜な庶民はどこが違うのか、実生活に役立つ形に解釈し直し、発信して参ります。

このサイトに来ると少し賢く生きることができるかもしれない、アルファライフハッカーのブログです。

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